カテゴリー: 代表より

  • 設立のきっかけ Part 2 「死後の願い」を今叶える

    暗い話ばかりで恐縮ですが、KEDを設立した背景にはもう1つ「死」に関するストーリーがあります。

    アメリカで初マラソンのトレーニングを始めた頃、体調に異変を感じ診断を受けたところ、ある自己免疫疾患ではないかということになりました。

    「死に至るケースもあります。昔、わたしの患者だった親子も同じ病気で亡くなりました。」

    神経科医にそう言われました。

    その時から、たびたび自分の死後について考えるようになりました。何か遺したい。子どもの頃から慣れ親しんできたクラシック音楽関連の財団を創る、というアイディアが浮かびました 。

    そして、最近になって、自分のファイナンシャルプランナーにこんなことを言われたのです ー

    「えりさん、世の中にはもっとお金を使っておけばよかったって後悔している人もいるんですよ。」

    この一言が、胸に刺さりました。

    そうか、私は自分がこの世を去った後のことをあれこれ考えていたけれど、「死後の願い」を今叶えるという選択肢もあるのか…。

    いきなり財団とはいかずとも、社団なら出来るかも知れない。そうしたら寄付も募れるし、子どもやより多くの若者を支援できるかも知れない。

    そして、せっかく社団を作るのであれば、「有事のもの」「自己犠牲」「陰ながら」のような、従来の日本のチャリティーのイメージではなく、私がアメリカで慣れ親しんできた、もっと日常的で贈り手にも楽しい体験にしたい。自分らしく、遊び心があってスタイリッシュなものにしたい。寄付して終わりではなく、贈り手もずっと関わりたくなるようなステキな団体にしたい 。自分の大好きなクラシック音楽やコンバットスポーツの分野を中心に ー そうコンセプトが固まっていきました。

    KEDという名前には、

    Kindle Every Dream ー 全ての夢に灯を

    という気持ちを込めました。

    A candle loses nothing by lighting another candle.

    という、私の好きな言葉にもつながります。キャンドルでもう1本のキャンドルを灯しても、元の炎が消えることはない、「他者に分け与えることで、自分が失うものなど何もない」という意味です。

    これからKEDを通して出会う皆様にも同じように感じながら関わっていただけるよう、精一杯努めて参りますので、ご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

    一般社団法人 KED Initiative
    代表理事 スワガー恵理

  • 設立のきっかけ Part 1 若者との出会い

    2023年の秋、知人が急死しました。

    つい最近、近々Tokyoで会おう、アジアで一緒にビジネスを作ろう、そう言っていたその人物が、突然この地球上から消えてしまったことが衝撃的でした。ご家族やご友人もさることながら、本人が全く予想していなかった最期 。そのことが、来る日も来る日も頭から離れませんでした。

    「いつかやろう」 ー そう物事を先延ばしにしていたら、その日はやって来ないかもしれない。以前から持っていたそんな想いに、改めて強く駆り立てられました。後悔がないよう、やりたいことは今まで以上に何でもせねば。

    そして、以前アメリカに住んでいた時にUFCで観てずっと憧れていた、コンバットスポーツに挑戦することにしました。

    その過程で、プライベートレッスンを教えてくれていた若い選手を、個人として、それから自分の会社を通してスポンサーするようになりました。多くの選手が経済的には決して恵まれない環境の中で、直向きに夢を追う姿 ー 特に、若かりし日の自分と同じように、海外の舞台で孤軍奮闘する姿に心動かされたからです。

    2025-2026年で、6名のブラジリアン柔術の選手をスポンサーしました。みんな素晴らしい活躍でした。彼らの活躍を見て、たくさん励まされ、元気づけられた。もっと多くの選手の支援ができたらな、と思うようになりました。

    また、選手と話していて、彼らにとって競技が人生の中でいかに大事な存在であるかを感じました。彼らは幸運にも競技に出会い、居場所を見つけ、仲間を増やし、夢や目標を持てるようになった。その一方で、その最初の出会いさえなく、自分の可能性を試すチャンスや夢を知らずに、時が過ぎてしまう子どももたくさんいるんだろうな…。

    私も子供の頃、ありがたいことに色々習い事をさせてもらっており、それが今の自分の人生を彩豊かにしていることは間違いありません。でも、全ての子どもがそのように恵まれているわけではない。

    もっと低年齢層のためにも何かできないかと考えるようになったのです。

    続くー